今年もスタートしました・・・が。2012年01月01日 23時50分

2012年もスタートしました、ちょっと雲が多い元日でしたが風も無く過ごしやすい1日、この時間0.3度とまだ氷点下にはならず・・気圧997hPaと下がってきました。

穏やかに新年を迎えました、家族全員が今年も無事に過ごせることを願って・・。
久しぶりに食べたお雑煮、やはり元旦はこれが良いですね、お昼もお餅できな粉をまぶしたあべかわ餅・・これ好物です。
午前中はテレビを見ながらマッタリと過ごしWebの書き込みを見ていたら西武鉄道で残り少なくなった3扉車の301系が私の地元拝島線に入ってくる運用に付いていることを知る・・。

あまり部屋に隠っているのも何なので表の空気を吸いがてらカメラをぶら下げて家の近くの線路脇に行ってみました。
新しく出来た遊歩道に着くやいなや警報機が鳴りだした、2000系辺りだろうとカメラを出していたら見えたのはお目当ての301系303F、カメラの設定をいじっている間もなく逆光なので補正だけして慌てて撮影。
ズームで引いて1枚・・
ワイド側で1枚・・もう少し早く動いていれば順光で撮れたかも。

一旦自宅に戻りダイヤと運用を調べたらまた快速として戻ってくる事が解ったので今度は西武立川駅西側で捉えることにして・・等と考えていたらズシンと小さな縦揺れ、「おや、地震かな・・」テレビの上のスプリングオブジェが微かに揺れているので地震動を知る事が出来た、しかし前震が長くなかなか横揺れの本震が来ない、これは震源が遠いかかなり深いか・・逆に前震があまり長いと余計に気になります。

かなり間を置いてから本震が来た、しかもちょっと大きい、本震も長く何時までもヨタヨタ揺れている感じに・・直ぐにテレビを点けNHKへ合わせると直ぐに地震情報が出た。
沖の鳥島付近で深さは360Kmとかなり遠く深い、最大震度は4ながら日本全国に揺れが広がっていた、規模はM7.0・・大きいですね、近く浅かったら震度6位は出たでしょう、いや~正月元日から揺れましたか。

目的の編成が下ってくる時間が近づき地元駅へ、先ずは前の列車を撮って練習・・
その直後なにやら駅で放送が賑やかになっている、運転司令所から直接案内も入っている模様で耳を澄ましてみると。
何やら都心の方でトラブルが有り運転が抑止されているとか、拝島線は田無と拝島間を折り返し運転するとか、早いですね対応が・・先日の脱線事故の経験が生きている感じです、ただ時間帯から見てお目当ての編成も本線上で止まっている事でしょう。

少し待っていてやって来たのは新宿線では2本しか居ない6000系。
この編成が各停田無行きとして上るのも珍しいので上って来るのを待って撮影。
既に日は西に傾き高度も下がっていてかなり赤くなってしまいました。

その後拝島線内でも信号機故障が発生し3時間近くダウン・・新年明けて早々揺れるし地元路線のダイヤは酷く乱れるし年末の脱線事故も含めちょっと心配もある新年スタートとなりました。

乗ったり撮ったり・・・2012年01月02日 19時12分

三島からモバイルでの書き込み、自宅に戻る頃に日付が変わるかも知れないので枠を確保して置きます。
伊豆箱根鉄道まで足を伸ばしました、画も音も結構とりました、しかし鉄道サイト皆様の様なスカッとした画になりません。

(後日追記)自宅に戻ったらもう”たれぱんだ”状態、撮影してきた画像をバックアップし日記用に縮小したら力尽きました。(^^;
でも気持ちよい疲れでした。

昨日の収穫・・・2012年01月03日 23時44分

年末、新年と言っていたらもう三賀日もお終い、会社によっては明日からお仕事と言うところも有るでしょう、私は5日まで休みですが7日土曜日は出勤日。

昨日は正月には久しぶりに出かけてみました、伊豆箱根鉄道まで足を延ばすのは何年ぶりか・・前回はS-VHSのビデオカメラを背負っていった。
今回の目的は元西武鉄道の701系に乗ったりカメラに収めたり、音も録ってみたい。
伊豆箱根鉄道では1100系を名乗り4両編成から3両に短縮されているし台車もクハの空気バネ台車がコイルバネの物に変えられていると言う違いがあります。
その1100系、伊豆箱根では青と白のツートーンカラーで活躍しその色も良かったのですが老朽化で間もなく廃車となる前に非冷房時代の西武鉄道で使われていた俗に言う”赤電”塗装に塗り直されていました。
その1100系・・
高校通学の頃にお世話になったカラーリングなのですが・・ちょっと違う所が、ベージュに塗装されている部分の巾が少し狭いのです、これは伊豆箱根で青と白に塗り分けられていたラインをそのまま赤電塗装に塗り分けたから出はないかと推測しています。
その懐かしい車内・・
昭和47年から51年までお世話になりました。

運転台の機器もほぼ当時のまま・・
ワンマン運転用の機器が取り付けられているほか圧力計も当時の物と交換されている模様、圧力の単位が変わったからでしょうか、制御電圧の直流100V用メーターが追加されている。

伊豆箱根鉄道での撮影ポイントの代表的な場所に駅で知り合えたファンの方に案内してもらえこの様な画も記録出来ました。
富士山に雲が少しかぶっていますがこの場所に着いたときは太陽も隠れていて富士山にももっと雲がかかっていました。
しかしシャッタータイミングが良く無いなぁ。

同じ場所で捉えた3000系・・
また来てみたい所です。

1日フリー切符も買い折角なのであちこちの駅から各車両を撮影してみましたが駅での撮影は手軽な反面信号や運転に必要な機器が収まった箱などが多く車両だけを撮影するのは難しいです、でも作品展に出す訳でもなく自分の記録程度なので気にせず撮ってみました。
1100系と同じく元西武の新101系を3連化した1300系・・
このカラーリングも個人的には好きです。

3000系には前期形と後期型の2種類が在籍・・
3000系前期形、方向幕がセンターにあるタイプと・・
車体がステンレスとなり方向幕が向かって右にあるタイプ、この形式はワンハンドルマスコンを採用。

最新型の7000系・・
車内はクロスシートで一部は転換式
この形式はまたマスコンとブレーキ設定機が別の2ハンドルタイプの運転台なのは何故?。

フリー切符なので行ったり来たりして走行中の車内で音も録ってみました、何時も使っていたMDレコーダーが不調で昨年暮れにICレコーダーを購入。
これは取り扱いが楽だし小さく軽く録音時間も長いし・・充電式電池以外に乾電池も使えるのは便利、時代はかわりました・・。

暗くなり三島を離れるときにもう一枚・・
心の中でお疲れさまと声をかけて帰路に着きました。

自分のお土産に買った1100系の時計と面白い形の1日フリー切符「旅助」
この切符は自動改札は使えないので駅員に提示しての乗り降りとなりますが元はしっかり取りましたね・・。(^o^)

初めての久留里線乗車・・2012年01月04日 23時39分

午後から雲が多くなった4日、夕方には北風が吹き始め気温も降下しこの時間既に-1.1度、気圧995hPa。

年末年始のお休みも明日1日、今日は以前から乗ってみたかった千葉の非電化路線久留里線へ出かけてみました。
撮影も試みましたが2日に行った伊豆箱根鉄道と違い列車密度が低く精々駅からちょっと撮る程度となりました。

自宅からは青梅線、中央線、総武線快速と乗り継ぎ木更津駅へ、ここから久留里線へと乗り換えになります、久留里線の出発まで時間があったので留置されている車両を撮影に・・。
キハ38と30、37の姿が見えます、キハ30は国鉄当時のカラーに塗り替えられていますがキハ38は八高線から移籍後久留里線専用の塗色になっています。
同じくここ久留里線にしか居ないキハ37も新製当時の朱色から久留里線専用色に変わっています。
キハ38のエンジン・・
何故か青色に塗られています。

こちらは木更津駅ホームから捉えたキハ30の2連、残念ながら今日の運用は無さそう。
木更津から乗れたのはキハ38の2両編成、編成としては綺麗なのですが・・。
久留里駅を出発するキハ38の2連、私はここで下車。
キハ38の運転機器・・
国鉄の気動車の基本的な構造で自分もハンドルを握っているので何か親しみが持てます。

その後の列車はキハ30と38の2両編成・・
ここで懐かしい物を見ることに、タブレットキャリアを持った駅員さん。

最初は終点まで乗り潰すつもりでいましたが同じ編成で戻ることになるので久留里駅で下りることに。
既にお昼を過ぎていましたがまだ正月休み中の店が多く駅前に有ったタイ料理のお店に。
しかし営業しているのか解らない感じのお店でした。

帰りは上のキハ30と38の2両編成でキハ30の方へ乗車、何故かエンジン音はキハ38より静かに感じますがジョイント音がよく聞こえます、逆にキハ38はエンジン音が大きく響きジョイント音はあまり伝わってこない、これはICレコーダーで録音した物を聞いてもその差が解ります。

途中で交換したキハ38と37の2両編成・・
車高が違うのが解ります、ここでもタブレットキャリアを目にしました、信号機は色灯式ですが閉塞はタブレット閉塞と懐かしいシステムが残ります。
並んだキハ38と37・・
この並びが見られるのもあと僅かなのですね、キハ37に乗れなかったのが残念。

木更津に戻り駅周辺でレンズを向けてみました。
道路の陸橋から私が乗っていった編成の帰りを捉えた物、終点まで行っていたらこの列車で戻ることになったでしょう。

到着後車両交換があり入れ替えが行われました・・
雲が多くなりかなり暗い画となってしまいましたがこちらもキハ37と38の2両編成・・一旦久留里線の本線へ出てから折り返しホームに入線します。
機会が有ったらキハ37にも乗り音を録って見たいところです。

今回乗車中にICレコーダーを録音状態にしていましたが電池が保ちますね、MDレコーダーだったらMD2枚と電池も4本必要でしょう。

もう少し粘ろうかと思いましたが雲で暗くなり北風で寒くなったため退散してきました。

ちょっと遅めの初詣へ・・・2012年01月05日 23時42分

今朝も-4.6度まで下がり冷え込みました、天気も回復し風は冷たいけどきれいに晴れた1日、この時間既に-2.1度と新年初出勤も寒い中走るようです、気圧1004hPa。

冬休みも最後、ゴロゴロしていると返って体調を崩すのでカミさんと初詣へ・・行ったところは府中の大国魂神社、私は3度目かな・・。
帰りに買い物もするので地元スーパーの駐車場へ軽乗用車を止めて後は鉄道利用、青梅線、南武線、京王線を乗り継ぎ府中へ・・。
京王線では何故か行き帰りに乗ったのも駅で見かけたのも1番古株の7000系電車。
ライトの光に煽られてしまいどうしても暗くなってしまいます、この画像は撮影後に補正しましたが・・。
7000系は6000系が引退し現在1番古い形式となりましたが制御装置は最新のインバーター式となり独特の発信音を響かせて活躍しています。

既に三賀日は過ぎましたがまだ松の内・・平日ですが人出が多かった大国魂神社・・。
出店の数には驚かされました。

本殿・・
大きな絵馬もあり皆さんここで記念撮影をされていました。
初詣としてはもう1便母親を乗せて何時も行っている高尾山に行く予定もありますが母親も大分体力が落ちてきているのであと何年一緒に行けるか・・年齢、これだけは増えるのを止めることは出来ません。

今年も家族全員、親族や友人皆様方の安全と健康を願いたい所です。

今日からスタート・・・2012年01月06日 23時32分

新年初出勤も良い天気でのスタートに、朝は-4.1度まで冷えましたがほぼ青空だった1日・・この時間-1.6度は昨晩より高め、気圧1005hPaと高気圧圏に。

新年明けての初出勤、何時もの週明けと同じで特にイベントも無し・・直ぐに通常業務になり正月明けの雰囲気は有りません。
ただ在庫部品の棚卸し中で今週は緊急時以外は出庫が出来ないので一部作業に制限もあり修理依頼品の作業は来週から・・。

まだお休みの会社があるのか学校が休みだからかは解らないけどまだ道はそれほど混んでいないのでスムーズに走れた、一週間ぶりのバイクも快調に走るけど流石に寒い・・暮れに交換したエンジンオイルを1ランク柔らかくしたのが良かったようで少しレスポンスが良くなっている、軽く回ると言う感じで次回の燃費も楽しみになる。
そのバイクも今日の帰り道、丁度拝島線の玉川上水駅を通過したところで積算走行距離が25000Kmを突破、1番調子の良い安定期ですね。

日記の書き込みも何時ものパターンに戻し今年はどの様な事が記録に残されて行くのか・・年が明けると気になるのは杉花粉でしょう、酷くは無いけど花粉が大量に漂う中をバイクで走るため目が痒くなるなどの影響があるので飛散量が気になります。

松が取れたら自分のサイトも通常に戻さなければ・・。

木更津上空・・・2012年01月07日 23時47分

朝の冷え込みは-2.7度、天気は良いのですが日向に出ても空気が冷たく寒い日が続きます、東京では日の入りが1番早かった時期より10分近く遅くなっています、ただ日の出は今が1番遅く6時50過ぎとなり朝の冷え込みも強くなる・・既にこの時間-2.1度まで下がっている、気圧は1011hPaと高くなりました。

この冬休みは自分としては珍しく動き回った方でしょう、4日は木更津からの非電化ローカル線久留里線にも乗ってきたし。

木更津駅の側で久留里線の列車を待っている間その上空には羽田空港に着陸する航空機がかなりの密度で通過していきました、殆ど数分間隔で・・航空機の数分間隔と言ったらかなりの密度でしょう。
この時期は北風なので南側からアプローチしていくため丁度木更津の上空を飛ぶことになるのでしょう、羽田空港には滑走路が4本出来たため2本を着陸用に、もう2本は離陸用に使われている模様で着陸進入していく機体の上を離陸して旋回上昇する機体が横切っていくのが数多く見られる。

規定の高度差が保たれているとは言え下から見ているとちょっと怖いくらい、着陸する機体も2機が近距離で並んで飛んでいく・・。
カメラで撮影するとワイド側にレンズが設定されるので小さく写り距離も離れている様に見えますが2機がきれいに並んで飛んでいきます、お互いの乗客も横を飛ぶ飛行機が見えるでしょうね。(^^ゞ
時間帯から見て夕方のラッシュになる頃だと思いますがその密度は下手な鉄道より濃いでしょう。

駅上空を飛ぶANAのB777・・
撮影後デジタル的に拡大しているので大きく見えますが車輪を出していないので高度はまだ高いと思われます。

こちらは昨年4度ほどお世話になったJALのB737-800、鶴丸マークが見えます。
ちょっと見づらいですが主車輪の側面が黒く丸く見えます、この機体は主車輪にカバーが無く飛行中も車輪側面が見える状態に・・。
折り畳まれますが車輪がピッタリ収まる空間がありそこにはまり込む感じになります。

国内線も同じかは解りませんが車輪は海の上で出す規定も有るとか、航空を飛ぶためその寒さで空気中の水分が車輪格納部に付着し、車輪を出すことで剥がれ落ち万一にも地上の家などに被害を与えない為と聞いたことが有ります。
木更津上空を飛ぶ航空機も見ていると車輪を出していく機体は無く東京湾上空出だしているのが見られました。

暖かくなったら航空機の撮影にもトライしてみたくなりました、やはり撮影スポット・・お立ち台の様な所が有るのでしょうね。

ひたちなか海浜鉄道へ・・・2012年01月08日 23時50分

朝は-3.9度まで下がっていた記録が・・冷えますね毎日、天気の良い日が続き空気がカラカラに乾いた状態なので火の元には注意が必要、私の部屋だとファンヒーターが直接火を扱いますがエアコンの暖房と違いやはり馬力があります・・表は久しぶりにまだプラスの気温で2.7度と逆に少し上がってる、気圧1008hPa。

3連休の所も多い様ですが私は2連休、その休みを使ってここも以前から乗ってみたかった茨木のひたちなか海浜鉄道まで出かけてみました。
地元拝島からは青梅線中央線直通のE233系、神田で山手線E231系に乗り換え上野へ、上野からは常磐線E531系・・皆似たような顔つきの車両です。

常磐線には取手駅と藤代駅の間に架線電圧が直流1500Vと交流20000Vが切り替わる交直セクションがあります、架線の無電区間デッドセクションを通過中に車両側で切り換えますが651系等以前の形式車では室内灯が消えセクション通過が解りました。
でも531系などでは室内灯がバッテリーで全て点いたまま、ドア上のLED案内表示も消えずセクションの通過が解りません、よく見ているとほんの僅か室内灯が暗くなりますがセクションを知っているので見分けられる程度。

上野からひたちなか海浜鉄道の乗り換え駅勝田までは普通列車で2時間30分近く時間がかかります、同じ区間をスーパー日立の最速列車では1時間10分・・特急の名が光りますね。

勝田駅でひたちなか海浜鉄道の1日乗車券を購入、800円なり・・これは安い、乗り通すと片道570円なので往復するだけで元が取れてしまいます。
ホームで待っていると走ってきたのは・・
なんと三木鉄道で使われていたミキ300型気動車、三木鉄道が廃止になったとき気動車の譲渡を受けひたちなか海浜鉄道へやってきたとの事、塗装も型式もそのまま使われています。

先ずはこのミキ300で終点の阿字ヶ浦まで乗り通すことに・・。
速度は40~50km/h程度でノンビリと走ります、この辺りの線路は震災で路盤が歪みヘビの様にのたって居たのですがしっかり復旧、しかし沿線の家にはまだ屋根瓦がずれたままやブルーシートが被せられたままの家もあり震災の傷跡がまだしっかり残っていました。

阿字ヶ浦に停車中のミキ300を勝田側から・・
このまま模型化出来そうな駅です。
終点部分は海の方に向かって途切れています。

駅構内にはこの様な跡も・・
蒸気機関車時代の名残と思われる給水塔の基礎と燃やした石炭を落とすピットらしき跡が残されていました。

阿字ヶ浦の駅舎・・
最近バリアフリー化されたようで真新しいスロープなども造られていました、震災からの復旧時に作られたのかも。
ユニークなのは駅名表示板・・
各駅も何かしらのキャラクターが含まれていました、湊が近い阿字ヶ浦は釣り針、アンコウ、ワカメなどが描かれている・・。(^o^)

バスも走るようですが・・
何かの歌の歌詞では有りませんが”バスは1日一度来る”状態・・しかも土日、休日や学校が休みの時は運休、スクールバス状態です。
これ以外にコミュニティーバスも走るようでそちらは日に6便ほど走っている模様。

駅から少し勝田寄りで上っていくミキ300を撮影・・
順光で明るく撮れました、次の列車が来るまでに食事でもと思いましたが・・駅付近にはそれらしいお店はなしで那珂湊まで戻ることに。
列車密度は40分から60分程度、昼間は2本の列車で運用されていて帰りはキハ3710型に乗車しました。
雑誌等で見た塗色と変わっていて最近デザインを変えた様です、型式の3710・・ミナトウ、みなとに引っかけてあるのですね、これは土佐くろしお鉄道の9640型と同じパターンでしょう。

この3710型で車庫のある中間駅那珂湊まで戻ります。
つづく・・

高尾臨(初詣)運転・・・2012年01月09日 23時42分

高尾臨というとこれからの時期に各地から高尾山の最寄り駅JR中央線高尾まで運転される臨時列車がありますが今回の高尾臨は私の家の初詣の事です。(^^ゞ
(画像多し)
毎年今時分に母親を車に乗せて高尾山の麓まで出かけケーブルカーで高尾山中腹にある高尾山薬王院まで初詣出かけますが昨年も同じ日に行っていました。

同じ様な画像になりますが・・京王線高尾山口駅から5分ほどの距離にある高尾登山電鉄のケーブルカー乗り場。

改札口、まだ朝も早いので直ぐに乗れました。
途中ですれ違う青葉号、私が乗っているのは紅葉号で赤が基調。
理屈を知っていても何度見ても不思議なケーブルカーの分岐部分、可動部分が無くワイヤーが通る隙間が有ります。
ケーブルカーを降りて最初の山門・・
ここからしばらく上り勾配が続きます、段差が無く迂回するため距離の長い女坂と108段の階段があり距離の短い男坂があります。
母親に合わせ上りは女坂、帰りは男坂が何時ものパターン。
去年もアップしていますが登山道の日陰に有る霜柱・・
今年は雨が少なく湿度が低い為か生長せず短め。

二つ目の山門、高尾山の文字が見えます。
ここから杉並木の中を歩きますが道は平坦。
そしてCMでもお馴染みの階段・・
護摩供養や厄払いなどを行う本堂・・
最後の難関?、急な階段を上りもう一つの社殿・・
この回りにも小さめな祠が沢山有ります。

四国八十八ヶ所の巡礼と同じ御利益があると言われるお地蔵さんが八十八体並びます。
足元には四国八十八ヶ所の札所から運ばれた砂が収められています、その砂を収めた部分を踏みながらお地蔵さんの頭を触っていきます。

これは昨年も撮影していました・・
厄除けの天狗団扇・・
毎年買い昨年の物は返納しています、玄関の上に付けて家の御守りに。

やはり今年は寒いのでしょうか・・
何時もはもっと咲いている紅梅が今年は少ないです、また杉の木の雄花も少な目でした。

お参りを済ませ下山、お店の屋根を貫通している柿木が特徴の蕎麦屋さんで昼食。
昨年は混んでいて諦めましたが今日は直ぐに席にありつけました。

ここでは大抵山菜蕎麦かとろろ蕎麦を食べます・・
今日はとろろ蕎麦を、冷えた体に暖かい蕎麦は有り難いですね。
高橋屋と言うお蕎麦屋さんですがテレビや雑誌で紹介されたためメチャ混みます、私と母親が食べ終わって帰る頃には凄い人数の順番待ち・・良い時に入ったようです。

高尾山の初詣は以前父親と母親が毎年行っていました、父親が運転しなくなってからは私が両親を乗せての高尾臨運用・・しかし父親の足が弱り長い距離や坂道、階段の歩行が困難となったので最近は私と母親だけになりました。
ただ母親も段々歩くのが辛くなってきた様で今後何年一緒に来られるか・・何時までも元気で居て欲しいですが加齢だけはどうしようも有りません。
今年も家族に平穏な年で有りますように・・。

ひたちなか海浜鉄道へ・・・22012年01月10日 23時58分

朝は-3.1度まで冷え込みましたが天気は安定しカラカラ天気が続きます、一雨欲しい所ですが降った後に冷え込むと路面が怖い事になるし・・この時間0.6度と氷点下一歩手前、気圧1000hPaと下がってきた。

日曜日に出かけたひたちなか海浜鉄道、旧型気動車が残ることでも興味がある路線ですが三木鉄道からのミキ300形気動車が入ってからはキハ3710形と共に運用に付き旧型車の出番が減っているとのこと、やはり旧型車は整備などに手数を要するからでしょうか。

阿字ヶ浦からキハ3710で車両基地のある那珂湊まで戻ってみました。

キハ3710の車内・・
ミキ300はセミクロスシートでしたがこちらはロングシート。

キハ3710の運転台・・
何か馴染みがある運転機器、私が2時間ほど運転したCR70形気動車とほぼ同じだからでしょう、車両メーカーも同じ新潟トランシスだし。

那珂湊では行きに乗ったミキ300形と交換。

那珂湊まで戻るとそこには懐かしいカラーの気動車が・・
ちょっと見るとキハ22系に近いけどキハ2000形を名乗り国鉄の急行色と同じく”準急ときわ”で見られた準急色に塗装されている。

2年ほど前に勝田で出くわした国鉄色のキハ20は庫の中で大規模な修繕を受けていました。
仮台車を履いている様なので全般検査など大きな検査中なのかも、このキハ20は震災時から途中駅にしばらく留置されていた為傷みが出ていたのかも知れません・・修繕を受けていると言うことは今後も活躍するでしょう。

庫に収まっていましたがこちらも懐かしい国鉄時代の気動車の旧塗装を纏ったキハ22形・・
国鉄車では無かった様でキハ22の私鉄版と言うことで北海道の羽幌から来た車で耐寒仕様らしく運転席の窓はワイパーではなく円い旋回窓が付いていました。

庫の反対側にはキハ3710形と同じく新車で入ったキハ37100形が休んでいました。
1番最後に入った新車で何やら動物が描かれています、キハ3710形と同じタイプですがブレーキの構造が違い別形式に、どの様に違うかは解りませんでした。

上り線と下り線間に留置してある軌道モーターカー・・
銘板を見たらタイタンパーの文字も、保線用ですが色々と使われている感じ。
長い連結棒で繋がれていた水タンクを積んだ台車・・
撒水に使うのでしょうか?、ただ台車から斜めに棒が2本出ていて先端が赤く塗られている・・。
建築限界や車両限界の確認に使うのかも、簡易おいらん車?。

勝田側には引退した車両が止められていました・・
キハ200形と言われ2両は物置代わりか放置状態で大分傷みもでています。

同じくキハ200ですがこちらは保存車両としている模様でJRの首都圏色らしき色に塗装されきれいな状態に。
標識灯、ライトの位置が違うだけでかなり印象が変わってしまいます。
まだ走りそうな印象ですが乗せられているレールは両端ともに切断されていました。

その裏側にはこの様な車体も・・
ケハ600形と言われた日本最初のステンレス車体気動車だとか、海が近いと言うことで試作的な物だったのかも。
ギャラリーとして使われている様で中には写真が沢山展示してありました、残念ながらこの日は開放されておらず見られませんでした。
直接地面に置かれているので何か変な感じ、せめて仮台車でも履かせたいところですが・・。

那珂湊の駅舎・・
昭和時代を感じさせます・・。
ホームから見た車庫・・
トミーテックさんのジオコレに有りそうな雰囲気。

昼食は駅前にあった食堂で・・
店内にはひたちなか海浜鉄道を取材や旅番組で訪れたスタッフやレポーター皆さんのサイン色紙が沢山、ボリュームがありしっかり満腹。

日も陰り始め寒くなる前に撤収・・帰りもキハ3710形に乗車し勝田駅へ。
那珂湊の駅名板・・
やはりキャラクターが描かれています、地図で線路を表す線や車両、台車まで・・車両基地が有るからでしょう。
他の駅名板もこんな感じ・・
全て記録に撮れば良かったかな・・また行くことにしましょう。

勝田からは直通のE531系上野行き・・今回も帰りはグリーン車利用、出費にはなりますが前もって料金を支払うのと日曜日なので750円でリクライニングシートと静けさが確保出来ます、車内販売も有り2時間以上乗るので楽チンです。
暖かくなったらまた行きたい路線ですね・・。

バイクに給油、311.4Km走って12リットル・・25.95Km/リットルの燃費、暖機運転の分少し落ちたかな、オイルの違いは次回の給油でわかるかな?。